松岡みゆきのブログ

町田市議会議員 松岡みゆきのブログです

彼岸の日に思うこと

今日はお彼岸の中日です。
孫と近所を散歩していたところ、忠生中学校の正門に見事な彼岸花が咲いていました。
その真紅の綺麗な花の美しさにしばらく見とれてしまい、写真を撮りました。



ちなみに、こちらは花壇の花です。過去に町田市で受賞した事もあります。



彼岸花ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草で、その名は秋の彼岸の季節に開花する事に由来します。
彼岸とは、春と秋の2回、春分秋分の日を挟んで、その前後3日を合わせた計7日間、お墓参りをしたり、花やお供えものをするなどして、御先祖様に感謝を捧げる仏事です。
実は、これは日本古来の祖先崇拝と仏事が結びついた日本独自の行事なのです。
ちなみに「彼岸(ひがん)」とは、煩悩の悩みの世界である「此岸(しがん)」の対義語で、それは悟りの境地である涅槃を意味します。



お盆を過ぎておよそ1ヶ月後、普段はあまり気に留める事は無いのですが、この季節になると、まるで花がその時を知っているかのように、ちょうどお彼岸の日にその見事な花を咲かせるのです。
それはあたかも御先祖様が「ここにいるよ」と声をかけてくれているかのようです。



毎年この季節になると、今は亡き母がおはぎを作ってくれたのを思い出します。
ところで、春の彼岸にお供えするのは「ぼたもち」、秋の彼岸にお供えするのは「おはぎ」ですが、実はどちらも同じものです。これは、それぞれ季節の花である「牡丹」と「萩」に因むもので、同じものでも季節によってその呼び方が変わるのは、季節の移ろいに敏感な日本人ならではの豊かな心の表れと言えるのではないでしょうか。
さて、秋と春の彼岸の頃、母は畑で自分で作った小豆を前日から鍋で煮て、父に手伝ってもらってそれを濾し(こし)、そうして100個ほどのおはぎを作って、1つ1つ丁寧に木箱に並べたものです。私もよく一緒に手伝い、ご先祖様にお供えしました。



それで、おはぎは私の大好物です。
おはぎを食べると今は亡き母を懐かしく思い出します。
私も、母の味にはなかなか近づけませんが、毎年おはぎを作ってお供えしています。



私たち日本人は古来より、祖先を敬い、大切にしてきました。
また日本では祖先を「ご先祖様」、亡くなった方を「ほとけ様」と呼んで、家の中に位牌や仏壇を置き、お盆や彼岸にはその御霊を祀ってきました。これを祖霊信仰と言います。
キリスト教では、人は死後、最後の審判の日に復活すると考えます。インドの仏教では輪廻転生を繰り返すと考え、日本の仏教では地獄や極楽浄土に行くと考えます。
しかし神道では、死者は生者のすぐ近く(山中や海上の他界)にいて、お盆や正月に私たち子孫の元に帰ってくると考えます。これが神道の死生観の特徴であると、民俗学者柳田國男は指摘しました。
私たち日本人は常に祖先と共にあったのです。



別の視点で見ると、今の私は、多くの祖先がいてはじめて存在するのです。
例えば、私が存在する為には、両親の存在が必要です(1代前で2人)。
両親が存在する為には、それぞれの祖父母の存在が必要となります(2代前で4人)。
こうして私の祖先を遡ると、10代前は2,046人、20代前になると2,097,150人にもなります。
このうちの1人でも欠けると、私は存在しなかったのです。これは奇跡です。



今日はお彼岸です。
彼岸花を見て、日本の伝統の素晴らしさと、祖先への感謝の気持ちを改めて感じました。